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ご縁があれば、弟子(徒弟)募集

仏の教えもすべての人までには理解されなかった。
とおっしゃった方がいました。
受け皿が無ければ、話している事
何を伝えたいか、それが伝わらないようです。
信ずる心無ければ信じられず。
理解する力無ければ理解できず。
聞く耳持たなければ心に残らず。
聞く人によって
言葉の奥にある事理解すること難しいようです。
わからなければ、わからないなりに
言葉に振り回されず
みずからの生活に自信もち、正しく生きて行く事が大切と思います。
弟子を育てるのも住職の仕事ですが、
誰でもよいと言うわけではありません。
住職として弟子がいないことは、後が途絶えると言う事につながります。
煩悩です。
弟子は必要ですが、

但し本気でやる気があるかが前提です。
責任持ってめんどうみれるか検討、人の一生を左右する事に介入、する事になる。

その人の気持ち、やる気にもよりますが
初めの段階で駄目と判断したら受け入れません。
受け入れるだけの気持ちが感じられないと判断したと言う事です。
信頼関係きずけ無ければ、それで終わりという事です。
ちゃんと挨拶できる事、自分の意志がはっきりしている事、
最低限度の礼をつくさねば、話になりません。
すぐには受けいられません
最低三回程度は、ことわります。
他をあたってくださいと言う事になります。
条件を(課題を)のりこえるたのち
仏教の教えを身をもって経験したい方。
仏教の教えを実践したい方。
当方でよろしければ
条件により受け入れます。
条件の一つとして以下の事もあります。
当方は臨済宗円覚寺派ですので
臨済宗円覚寺派の専門道場での修行が必要です。
修行年数は最低三年です。
道場において色々学んで頂きます。
道場は色々ありますが、
宗旨宗派と教義を、本山で学ぶ事が宗派の基礎になると思います。
皆がみんな本山の道場で修行しなくなれば
(外で修行した者の勢力が強くなる)
宗派の伝統がなくなってしまう不安があります。

宗旨宗派は基礎で
そこが疎かではいけないと思います。
今自分があるのは、やはり本山(宗派)道場で修業し
色々なご縁が出来た結果と思っています。
短くても本山僧堂で修行する事はとても大切な事と思います。
自分の立場ではそのように感じます。
時が経つほど ありがたいなーと 感じます
当方、いたらない人間ですので、
失敗の積み重ねで今に至ります。
無責任な発言行動は出来ますが、人を導くほどまだ力がありません。
その怖さが見えて来ましたので
(直接指導はいたしません。)
色々の職業もそうでしょうが
( 人間のする事ですから )
理想と現実には大きなギャップ(隙間)があります。
すきま 0 【▼隙間/透(き)間】
(1)物と物との間のあいている所。
「戸の―」
(2)あいている時間。ひま。すき。
「嘴(くちば)しを容れたいにも、更に其―が見附からない/浮雲(四迷)」
(3)油断。すき。
「―もあらば生虜んと志て/太平記 1」
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当方の悪い所を学ばず、色々の人の良いところ学んで成長して頂きたいと思います。
色々な修行したい弟子に対しては 円覚寺専門道場で修行した後
色々な道場や修行する場所へ
紹介する事で、その人潜在能力をのばしてあげたいと思います。
場所と環境をあたえ選択して頂く事が、その人の最初の決断となります。
一般人で座禅に興味ののある方(禅僧と接したい方)は
長い歴史もあり
親切に指導して頂ける
円覚寺 居士林」で

修行されたらよろしいと思います。
その上で
我が宗の僧侶になる為には我が宗の寺の弟子になる事が必要です。
弟子になる為にはその寺の住職の許可が必要です。
基本的には男性です。
僧侶としてしっかりとした修行されたい方はぜひ
北鎌倉円覚寺内にある円覚寺専門道場へどうぞ
(円覚寺舎利殿、正続院)

他の道場で修行してこの道場で仕上げする為に
入山修行する方もいます。
修行僧は比較的少なく、(年度により変化します)
贅沢なほど、老師の指導も十分受けられると思われます。
日々の努力は発揮出来る環境と思われます。
接心も四月〜七月、十月〜一月と充実しております。
本人の努力次第で十分な修行ができると思われます。
状況は日々変化しますので、興味のある方はご自分で確認してください。

女性の場合は、修行できる環境は下に記した場所があります。
天衣寺尼僧堂
〇 「尼僧堂」「女性禅学林」開設へ
相国寺本山だより、より
臨済宗の尼僧となる為の修行の場がないということは
以前から問題ではあったが、
長く放置されて来ざるを得ない状況にあった。
今般臨黄各派が集まり岐阜市の天衣寺を再建し、
(臨済宗妙心寺派 祥雲山天衣寺本堂 )
 
尼僧になる為の資格取得と実践修行の場としての尼僧堂として、
又更にはその他の女性の為の禅学林としても活動するという方針のもとに
建築工事が進められ、11月28日には上棟式をした。
今年4月には尼僧となるべく修行を志す人の道場として開単すべく、
又修養につとめたいと願う女性にも門戸を開くべく、
鋭意準備が進められていますので、
関心のある方は教学部までお問い合わせ下さい。
との事でした。
弟子になる事により僧籍が出来ます。
弟子となり弟子となった寺で色々な勉強します、
専門の大学、短大、高校 に行き、基礎知識を学ぶ人もいます。
それとは別に、住職の資格取るために
専門道場(僧堂)で宗派の一番大事なことを(最低三年程度)学びます。
昔は、通常は十二年とされていたようです。
(見習い三年、自分の修行三年、後から入ってきた者の指導三年、仕上げに三年)
道場では
座禅中心の修行に励みます。
基本的に道場での修業が済まないと、住職になる資格は得られません。
未確認情報
※宗派によっては、
宗派の規則(宗制や内規等)により
本山の道場(○○派の専門道場、僧堂)で修行しないと、
他の宗派の修行道場でいくら修行して、その証明があっても、
(縁があれば、修行した宗派の寺の住職になる資格はえられる)
その宗派の住職になる資格が得られない場合もあるようです。
◎◎宗●●派の末寺の弟子になって、
◎◎宗☆☆派、や◎◎宗▽▽派、や◎◎宗◇◇派等で
いくら修行しても◎◎宗●●派で修行していなければ
◎◎宗●●派の末寺、師である先住職の後の住職になる資格がえられない。
場合もあるようです。
情報は日々変化します、必要に応じて関係者に確認必要と思います。
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道場を出た後
特に拘束しません。
教える事は何もありません。
(必要があれば教えますが。)
自分で学んで下さい。
お互いが仏弟子ですから
弟子が
新たな師を求めたとき、それを拒みません。
留まりたければ、留まればよいし、留まりたくなければ旅に出ればよい。
弟子の修行のうしろだてになるのも師匠の仕事と思います。
多くの事、学ぶには、師は必要です。
新たな疑問解決させる為
良き師を求める事大切です。
優れた弟子を育てる事も師匠の仕事です。
釈尊 しゃくそん 【釈尊】
釈迦の尊称。
仏陀ブッダ [梵 Buddha]
〔目覚めた人の意〕
(1)釈迦の尊称。ぶつだ。
(2)真理を悟った者。すべての煩悩を打ち消し、完全な真理を実現している者。覚者。
仏。ぶつだ。〔「仏陀」とも書く〕
釈尊仏陀は出家して修行の旅に出しました。
雲水さんに役立つサイト雲水ネット
ほうしき
はふ― 0 【法式】
儀式・儀礼などの決まり。作法。
「―にのっとって葬儀を行う」
は曹洞宗。
ざぜん
0 【座禅/▼坐禅】
〔仏〕 仏教の中心的修行法の一つで、
特に禅宗においては根幹をなす修行とされる瞑想法。
状況に応じて変更することが許されるが、原則としては座布団の上に尻を置き、
結跏趺坐(けつかふざ)し、手に法界定印を結び、呼吸を緩やかにして、
宗教的な精神の統一を実現する。
は臨済宗。
色々な修行、色々な道場があります。
道は一つではありません。
(自己で選択)
みなと供に修行する場合と、
(一般の修行僧は、たいがい長くて十二年位です。)
力がある人は、それなりの修行を、あらたにつんでいきます。
道場でて、一人で修行する場合あります。
道場でた事で、修行を終了したとの認識の人もいます。
道場でてからが、本当の修行と認識の人もいます。
(一生かかるかも知れません)
道場でてからの、修行の方が大変かも知れません。
限りアル人生に煩悩は一生つきませんから
自分自身はごまかせません。
全国座禅道場
■ 北海道・東北
瑞巌僧堂 妙心 〒981-0213 宮城県宮城郡松島町松島字町内91
中央僧堂 曹洞 〒064-0806 北海道札幌市中央区南6条西2丁目
定光僧堂 曹洞 〒085-0842 北海道釧路市米町3-2-3
善宝僧堂 曹洞 〒997-1117 山形県鶴岡市大字下川関根100
正法僧堂 曹洞 〒023-0101 岩手県水澤市黒石町字正法寺129
好国僧堂 曹洞 〒960-1105 福島県福島市山田字寺前9
■ 信越・北陸
国泰僧堂 国泰 〒933-0133 富山県高岡市太田184
大栄僧堂 曹洞 〒950-0205 新潟県中蒲原郡横越村澤海6295
新潟専門尼僧堂 曹洞 〒946-0076 新潟県北魚沼郡湯之谷村井ノ口新田360
富山専門尼僧堂 曹洞 〒930-1312 富山県上新川郡大山町上滝104
大乗僧堂 曹洞 〒921-8114 石川県金澤市長坂町ル10
總持寺祖院僧堂 曹洞 〒927-2156 石川県鳳至郡門前町
永平寺本山僧堂 曹洞 〒910-1294 福井県吉田郡永平寺町志比
発心僧堂 曹洞 〒917-0054 福井県小浜市伏原45-2
宝慶僧堂 曹洞 〒912-0434 福井県大野市宝慶寺1-2
■ 関 東
建長僧堂 建長 〒247-0062 神奈川県鎌倉市山ノ内8
円覚僧堂 円覚 〒247-0062 神奈川県鎌倉市山ノ内435
向嶽僧堂 向嶽 〒404-0042 山梨県塩山市上於曽2026
平林僧堂 妙心 〒352-0011 埼玉県新座市野火止3-1-1
雲巌僧堂 妙心 〒324-0213 栃木県那須郡黒羽町大字雲岩寺27
広園僧堂 南禅 〒193-0933 東京都八王子市山田町1577
永平寺別院長谷僧堂 曹洞 〒106-0031 東京都港区西麻布2-21-34
總持寺本山僧堂 曹洞 〒230-8686 神奈川県横浜市鶴見区鶴見2-1-1
最乗僧堂 曹洞 〒250-0127 神奈川県南足柄市大雄町1157
西有僧堂 曹洞 〒231-0859 神奈川県横浜市中区大平町96
■ 東 海
方広僧堂 方広 〒431-2224 静岡県引佐郡引佐町奥山1557-1
虎渓僧堂 南禅 〒507-0014 岐阜県多治見市虎渓山町1-40
日泰僧堂 曹洞 〒464-0057 愛知県名古屋市千種区法王町1-1
愛知専門尼僧堂 曹洞 〒464-0045 愛知県名古屋市千種区城山町1-80
大乗僧堂 曹洞 〒464-0803 愛知県名古屋市千種区田代町瓶杁60-1
妙厳僧堂 曹洞 〒442-8538 愛知県豊川市豊川町1番地
可睡斎僧堂 曹洞 〒437-0061 静岡県袋井市久能2915-1
妙興僧堂 妙心 〒491-0922 愛知県一宮市大和町妙興寺2438
瑞泉僧堂 妙心 〒484-0081 愛知県犬山市犬山字瑞泉寺7
徳源僧堂 妙心 〒461-0038 愛知県名古屋市東区新出来町1-1-19
瑞龍僧堂 妙心 〒500-8118 岐阜県岐阜市寺町19
正眼僧堂 妙心 〒505-0008 岐阜県美濃加茂市伊深町
臨済僧堂 妙心 〒420-0885 静岡県静岡市大岩町7-1
龍澤僧堂 妙心 〒411-0043 静岡県三島市澤地326
■ 近 畿
永源僧堂 永源 〒527-0212 滋賀県神崎郡永源寺町高野41
南宗僧堂 大徳 〒590-8087 大阪府堺市旅籠町東3-1-2
南禅僧堂 南禅 〒606-8435 京都府京都市左京区南禅寺福地町
妙心僧堂 妙心 〒616-8035 京都府京都市右京区花園妙心寺町36
円福僧堂 妙心 〒614-8056 京都府八幡市八幡福禄谷153
海清僧堂 妙心 〒662-0918 兵庫県西宮市六湛寺町7-25
祥福僧堂 妙心 〒652-0007 兵庫県神戸市兵庫区五宮町22-17
東福僧堂 東福 〒605-0981 京都府京都市東山区本町15
大徳僧堂 大徳 〒603-8231 京都府京都市北区紫野大徳寺町61
天龍僧堂 天龍 〒616-8385 京都府京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町68
相国僧堂 相国 〒602-0898 京都府京都市上京区今出川通烏丸東入ル相国寺門前町701
建仁僧堂 建仁 〒605-0811 京都府京都市東山区大和大路四条下ル四丁目小松町592
萬福僧堂 黄檗 〒611-0011 京都府宇治市五ケ庄3番割34
興聖僧堂 曹洞 〒611-0021 京都府宇治市宇治山田27-1
智源僧堂 曹洞 〒626-0027 京都府宮津市京街道769
■ 中国・四国
佛通僧堂 佛通 〒729-0471 広島県三原市高坂町許山22
宝福僧堂 東福 〒719-1154 岡山県総社市井尻野1968
常栄僧堂 東福 〒753-0011 山口県山口市宮野下2001
大乗僧堂 妙心 〒799-3730 愛媛県北宇和郡吉田町大字立間
瑞応僧堂 曹洞 〒792-0835 愛媛県新居浜市山根町8-1
■ 九 州
晧台僧堂 曹洞 〒850-0872 長崎県長崎市寺町1
安国僧堂 曹洞 〒810-0001 福岡県福岡市中央区天神3-14-4
明光僧堂 曹洞 〒812-0041 福岡県福岡市博多区吉塚3-8-52
円通僧堂 南禅 〒848-0045 佐賀県伊万里市松島町148
崇福僧堂 大徳 〒812-0044 福岡県福岡市博多区千代4-7-79
聖福僧堂 妙心 〒812-0037 福岡県福岡市博多区御供所町6-1
梅林僧堂 妙心 〒830-0028 福岡県久留米市京町5-209
萬寿僧堂 妙心 〒870-0026 大分県大分市金池町5-4-2
養賢僧堂 妙心 〒876-0848 大分県佐伯市城下東町9-21
しゅっけ 0 【出家】
(名)スル
〔仏〕 家庭などとの関係を切り、世俗を離れ、戒を受けて僧になること。
また、その人。
現代では、各宗派の定めにしたがって、僧としての資格を得ること。僧侶。僧。
しゅぎょう ―ぎやう 0 【修行】
(名)スル
(1)学問や技芸などに励み、それをみがくこと。
「―を積む」「武者―」
(2)〔仏〕 戒律を守ったり、悟りを開くために特定の宗教的行為を行なって、
仏の教えを実践すること。
仏道に励むこと。
(3)生理的欲求を禁じて精神および肉体を訓練することにより、
精神の浄化や神的存在との合一を得ようとする宗教的行為。
(我が宗派の管長様は、道を極める為に、
寺の縁、家族の縁を絶ちきり、今の地位につきました。
自分に対する厳しさが無くてはできない事です。)
仏教伝道協会、さんぽうの会、どうり、に載っていた事抜粋します。
欲をおさえて己に勝。
姿や形だけで仏を求めてはならない。
真実を見る人の前に仏はつねにあらわれる。
縁によって生じ縁によって滅びる。
すべて存在するものは無情である。
人間の欲にははてしが無い。
智慧は静かな清い心から生まれる。
心が濁れば行いが汚れる。
幸福はいくら分け与えてもへらない。
賢い人は常に感謝の気持ちを持っている。
人の有様を見て己に恥じるは尊い。
愚かな人は怠り智慧ある人はつとめ励む。
善悪は人にあらずみずからの心に有り。
若いときは二度無い。
仏の智慧はすべての道理を知る。
当方ができる事は
仏弟子として、入り口の一歩をお手伝いします。
ただそれだけです。
さり難き時はさらず、悔いなければされ。
自分の心の奥の思いはどうなんでしょうねえ。
普通の生活事態が日々修行と思っています。
生活の苦労有り、苦労乗り越えて、
仏の教えの意味が理解できると思います。
ありがたいと、お陰様がわかると思います。
少し苦労する覚悟ある者はどうぞ。
ありがたいが、お陰様がわかると、
生きる事の見方がかわります。
志ある方は、実践して見てください。
自分の宗派だけでなく、他の宗派も
とてもすばらしいです。
仏の教えですから。
それが私はわかったような気がします。
お便り返信
以下のようなメールがきました。
問い合わせの内容。
@今日インターネットで徒弟募集の書き込みを拝見して、とても心を動かされました。
あなた様が見られたものは以下(一番下に記載)のものと思われます。
以下の件についてお話いたします。
当方の事についての参考のページとして以下もご覧ください。
http://www.hofukuin.com/page024.html
http://www6.plala.or.jp/hofuku23/
A宗派や受け入れの条件等もう少し詳しい情報をお教え願えないでしょうか。
よくよく考えて戴きたいと思います。
色々な僧侶がおります。
これから色々な人に会われると思います。
貴方が輝くものが感じられる人を師とされた方がよろしいと思います。
当方は自分の器にあった生き方していますので、アシカラズ。
貴方の師に適しているかどうかわかりません。
仏教には色々な宗派があり、宗派によって違いますが
臨済宗では僧侶の場合、公式な儀式に参加する場合は、
剃髪しなければならないと思われます。
他の仏教宗派についてはわかりません。
剃髪していない宗派もあるようです。
修行をつみ、住職の資格を所得して社会に出て、
普通の生活している方では剃髪していない方もいます。
ていはつ 0 【▼剃髪】
(名)スル
(1)髪を剃(そ)ること。特に髪を剃り落として仏門に入ること。薙髪(ちはつ)。
「無常を観じて―する」
ていはつ-しき 4 3 【▼剃髪式】
仏教で俗人が僧・尼となる際に行う剃髪の儀式。剃度式。得度式。
ていはつ-ぜんえ 5 【▼剃髪▽染▽衣】
頭髪を剃り、墨染めの法衣を着ること。出家して仏門に入ること。
しゅっけ 0 【出家】
(名)スル
〔仏〕 家庭などとの関係を切り、世俗を離れ、戒を受けて僧になること。
また、その人。
現代では、各宗派の定めにしたがって、僧としての資格を得ること。僧侶。僧。
しゅぎょう ―ぎやう 0 【修行】
(名)スル
(1)学問や技芸などに励み、それをみがくこと。
「―を積む」「武者―」
(2)〔仏〕 戒律を守ったり、悟りを開くために特定の宗教的行為を行なって、
仏の教えを実践すること。
仏道に励むこと。
(3)生理的欲求を禁じて精神および肉体を訓練することにより、
精神の浄化や神的存在との合一を得ようとする宗教的行為。
星をみて自分自身見つめなおしましょう。
大宇宙を見て
時の流れの短さを
命のみじかさを
今いったい何をなさねばならないかを
見つめなおしましょう
心の乱れは態度、姿勢に表れます。
日々訓練が必要です。
良いことはまねしましょう。
繰り返しにより身につきます。
規則正しく生活したくても出来ない場合もあります。
自分の価値観を人に押し付け
それにより和合を欠くこともあります。
気持ちで座禅していればかたちにこだわることないと思います。
皆、条件が整った所で、修行出来るとは限りません。
今いる場所が修行の場
迷い、反省し、心沈め、安心をえ、日々それの繰り返し
人と接すれば接するほど、多くの事すればするほど
それは増えます。
みずからを鍛え訓練しないと押しつぶされてしまいます。
人間は教育により人間として互いに生きやすいように
色々な約束ごとつくってきた
だからこそ人を信じて生活できる。
信頼できなければ、生命財産守る為に
戦国時代の昔のようになってしまう
仏を心のよりどころにする理由はそこにあったのではと思う。
今の自分たちはどうでしょうか
今の幸せがいつまでも続く事願うが、
始まりには終わりがあるのがこの世の法則のようだ
始まって、終わりが無いもの証明できない。
それを頭にいれて生活することが必要とおもう
菩提和讃に
今をも知れぬ後の世の、永き冥路を打ち忘れ
空しくすぐるぞ愚かなり、無情の風に誘われて
忽ちこの世を終わるとき、
何を頼みとなすべきや
あまたの資産ありとても
冥途の用にはならぬもの
家財重宝持つ人も
携えゆくべき道ならず
兄弟朋友ありしとて
伴いゆく事さらに無し
出入りの息の絶えぬれば
野辺の送りを営みて老いも若きも仇野の
空の煙と消え失せん
朝夕なでし黒髪も、蓬がもとの塵となる
しばし浮世の夢ならん
親類縁者知人は、最後を看取れ(葬儀をすれ)ばつとめは終わる。
財産は、火葬場で焼かれるか、残すかにしろ死後まで持って行かれない。
地位名誉、肩書きは墓場までは、持っていけるがあの世では
何の用にもならない。
又、別の考え方、(仏教の思想)に
死んだ人の生前中の善悪の行為は、死後もどこまでも
(自分自身の記録刻まれる)影響する
進化、退化
生まれかわりにおいて
過去の経験に沿って
得た生命エネルギーに沿って
あった、かたちにはいる事が出来る。
人間としての資質を欠いたものたちは
資質を欠いたものに、(生物はいり)、生き死にをくりかえす。
そのような思想があるそうです。
決められた時間しか生きられないのです。
人生これ修行
この世は修行の場
活かして頂ける時間はどのくらいあるかわかりません。
ご縁とお陰により、いかされている、自分を感じる事できれば、
仏教のすばらしさは、(色々な教え)身体で感じられると思います。
一日一日を精一杯生きて行きたいものです
形にとらわずに、自分の住んでいるところを寺にしてはどうですか、
〔 座 禅 和 讃 〕
衆生本来仏なり
水と氷の如くにて
水をななれて氷なく
衆生のほかに仏なし
衆生近くを知らずして
遠く求むるはかなさよ
たとえば水の中にいて
渇を叫ぶが如くなり
長者の家の子となりて
貧里に迷うに異ならず
六趣輪廻の因縁は
己が愚痴の闇路なり
闇路に闇路を踏みそえて
いつか生死を離なるべき
〔中略〕
當處即ち蓮華国
此の身即ち仏なり
自分自身が仏であると、上の和讃ではいっています。
衆生本来仏なり
しゅじょうほんらいほとけなり
しゅじょう ―じやう 0 【衆生】
〔梵 sattva〕〔仏〕 心をもつすべての存在。
苦のある世界である三界を輪廻(りんね)する。
「人々」という意味で使われることが多い。
時として、仏・菩薩をも含めることがある。
「縁なき―は度し難し」
ほんらい 1 【本来】
(1)もともと。元来。副詞的にも用いる。
「―の姿に戻る」
(2)当然そうあるべきこと。あたりまえ。普通。通常。副詞的にも用いる
ほんらい-じょうぶつ ―じやう― 5 【本来成仏】
〔仏〕 万物一如の見地に立てば、衆生(しゆじよう)も仏も同じで、
衆生もそのままが仏であるということ。
ほんらい-のめんもく 【本来の面目】
〔仏〕 自分の本来の姿。真実の自己。〔禅宗で用いる語〕
ほとけ 0 3 【仏】
〔「ほと」は「仏」の転、「け」は「気」の意か〕
(1)仏教の完全な悟りを開いた聖者。仏陀(ぶつだ)。覚者。
(2)特に、釈迦(しやか)のこと。
(3)仏・菩薩およびそれに準ずる優れた聖者・高僧。
(4)仏像や、仏の名号を記したもの。
(5)仏教。仏事。仏教徒。
(6)死者。死体。死者の霊。
(7)素直で善良な人物。
あなた自身が仏なのですから、そこが即ち寺だと思います。
今の環境を大切にしたほうが良いと思います。
他に出て行けばそこの規則に縛られる事になります。
それに妥協できるか問題です。
得るものあれば失うものもあると言う事です。
今は気づかないかもしれませんが、
人生後期となれば失うもの沢山あります。
自分の場合、勝ち取って今の地位につき今の住む所を確保しました。
そして、反発あっても
自分なりの生活確保しました。
自分自身の責任で行動しています。
最後に頼りにするのは、
自分自身です。
>
当方は人を指導するほどの力(人の器によりますが)ないと思っています。
但し、発掘して送りだす事は出きると思っています。
当方でよろしければ条件(相手の出方、気持ち)により、
(専門道場に行く時の保証人なってもかまいません)入り口だけのお手伝いです。
踏み台としてステップアップしていただければうれしいです。
良き人材を世に出す事も当方の仕事と思っています。
自分の道は自分で開いてください。
器にあった生き方見つけてください。
そうにん
平成☆年▽月■日
で は 失 礼 し ま す 。
保福院 深澤宗仁
〒410-2505 静岡県伊豆市八幡370-2
Tel 0558-83-1746
E-mail hofuku23@agate.plala.or.jp
携帯mail susumu2323@docomo.ne.jp
ホームページ http://www6.plala.or.jp/hofuku23/
情報内容は日々変化しますので、記載内容とは違う場合もありますので、
興味ある
確認してからお願いします。
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