宗派、寺院の歴史抜粋





仏 教 宗 派






禅 宗









禅への道

上記ページより抜粋

「 禅の宗派と特徴 」

禅は本来自己に備わっている仏性を見出すことであり、禅宗の修道の眼目はこれに尽きる。

しかしそこに至る方法論には若干の違いがある。

禅の開祖は中国の達磨禅師であるが、日本の禅宗である曹洞宗・臨済宗は共に、

元を辿れば中国禅宗の六代目の祖師で、

日本の禅宗の基礎を確立したのは慧能(638−713)に行きあたる。 

と記載されていました。


曹 洞 宗:

上記にて検索

9世紀の中国の禅僧、洞山良价と弟子の曹山本寂の名に由来する曹洞宗の特徴は、

「黙照禅」という言葉に集約される。

「黙々と坐禅することが、悟りに至る修行の正道」とする立場である。

曹洞宗は鎌倉時代に高祖道元禅師が日本に伝え基礎を築き、

四代目の太祖瑩山禅師が一層禅を盛んにした。

大本山は福井県の永平寺(高祖道元禅師の御開山)と

横浜市の總持寺(太祖瑩山禅師の御開山)となっている。

曹洞宗は中央政権との結びつきを避け、地方の豪族や一般民衆の帰依を受け、

もっぱら地方へと教線を伸ばしていった。曹洞宗を日本に伝えた道元はいう。

「釈迦以来の祖師も坐禅によって大悟してきた。

焼香をはじめ念仏も読経もまったく必要がない。

ただひたすらに打坐して身心脱落せよ」と。

これを端的に言い表した言葉が「只管打坐」なのである。

「悟りを得るための坐禅ではなく、坐禅の修行がそのまま悟りである」と。

悟りの境地は、求め獲得するものではなく、身も心も脱ぎ落とすことだと、道元は説く。 

と記載されていました。


臨 済 宗

上記にて検索

一方、中国唐代の僧、臨済義玄に由来し、

栄西が日本に伝えた臨済宗の特徴は、「看話禅」という言葉に集約される。

看話禅とは、公案に対する答えを工夫することで自己究明を図る禅である。

公案とは、分かり易く言えば、師匠から弟子に対する「問いかけ」である。

有名な「隻手の工夫(両手を打てば音が出るが、片手での音とは何か)」をはじめ、

優れた禅僧の言葉や行動の記録などからなり、

この課題を解くうえでの精神的格闘が坐禅と並び修行の眼目となる。

公案を用いる意味は、あくまで悟りへの導きであり、弟子の境涯を問うことにある。

これは禅宗が達磨禅師以来、

師から弟子へ直接なされる悟りの認定(印可)を重んじてきたこととも無関係ではない。

臨済宗は鎌倉末期から室町時代にかけて、

中央政権と結びつき、

鎌倉や京都に最高の寺格を有する五ヶ寺を定めて順位をつけた

五山十刹(ごさんじゅっせつ)の制をしき、

五山文学(ござんぶんがく)を中心とする禅宗文化を大いに発展させた。

大本山は京都の南禅寺。 


と記載されていたが

下記の方が詳しく親切










黄 檗 宗

上記にて検索

この宗派は中国臨済宗の流れをくみ、17世紀に来日した隠元を宗祖とする。

持戒主義や浄土的な念仏の兼修に特色を持ち、

中国風の声明などの独自の法式をいまも継承している。

黄檗宗の日常を律する『黄檗清規』には臨済宗幻住派の禅浄兼修の宗風が反映していた。

いわゆる、己の心の中に浄土を求める「唯心の浄土」、

己の心の中に阿弥陀仏をみとめる「己の弥陀」における浄土であり念仏であるとしている。

ゆえに朝晩課に阿弥陀仏の縁起文と三部小経を読誦し、

常に念仏繞(遶)堂《行道》するよう規定している。

臨済宗の流れをくむとは言うものの、

逆に他の2つの宗派に大きな影響を与えている部分がみられる。 

と記載されていました。





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